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アメリカ生活で思うこと > 自惚れる人と寛大な気持ちについて
自惚れる人と寛大な気持ちについてこちらにいると当然ながら 「特技=英語」 みたいな人が多いです。 自分より英語の出来ない人に対して、「あいつは英語も出来ないくせに、、、」 という人が多いです。 そういう人の悪口を聞かされると、ほんとにうんざりします。 陰で悪口言ってないで、特技を活かして助けてあげたらどうですか、という気持ちになります。 これはそんなときに書きました。 July 11, 2009
アメリカに暮らしていると、周りの日本人はたいてい英語が達者です。 中には僕のように英語がダメな人もいますが、たいていは英語に自信を持っている人ばかりです。 漫然と何年勉強しても英語は身につかない、ということはほとんどの方が経験している事実でしょう。英語は一生懸命に勉強しないと、なかなか身につくものではありませんから、それを身につけた努力はたいしたものです。そのこと自体は、なんら問題はありません。むしろ褒められるべきものでしょう。 しかし、自分が英語を身につけているからといって、英語が出来ない人を 「からかう」 ようなことを言ってはいけません。
歳をとり、いろんな経験をすることで寛大になる私はまだ36歳です。二十歳そこそこの方、あるいはもっと若い方には36歳というと、「結構いい歳」、と思われるかもしれません。 しかしながら、実際に自分がこの歳になって思うのは、昔と比べて当然ながら実際にいろいろと経験を積んだ、ということだけです。何かが衰えた、という気も全くしません。体力も、もともとそんなに体力があるほうではありませんが、衰えた、というほどでもありません。 ただひとつ。最近自分で自分の変化に、気付いていることがあります。 それは、自分が 「丸くなった」 「寛大になった」 ということです。 多少のことでは不満を感じずに、あるいは多少不満を感じても、あまりストレスにならずに暮らすことが出来るようになったと感じます。 もちろん、前回ジコチューの話を書きたくなったのには、それ相応の不満があったから、という面もなくはなかったわけですから (苦笑)、その点、「ほとけの小山」 という程、寛大な丸い人ではないにせよ、昔の僕のことを知っている人が見たらきっと、「小山は丸くなった」 「寛大になった」 ということに同意してくれるのではないかと自分では思っています。 では、なぜ自分が丸くなったと思えるのか。 それは、僕は自分が冒頭のゲーテの言葉を、時々思い出していることに気付くからです。 つまり、誰かが何か間違っても 「あぁ、そういう間違い、僕も昔やったなぁ」 「あ、そういうことってあるよなぁ」 と思えるのです。そうすると、イライラした気持ちが消えるのです。 他人のあやまちをみても、自分もそれを犯しかねなかったときのことを覚えている。あるいは、自分が犯した時のことを覚えている。だから、他人が同じような失敗・あやまちをしそうなとき、その人の気持ちがわかる。だから、相手の気持ちを気遣うことができる。そのため、寛大になれる。人の失敗ばかり厳しく責めることはなくなるのです。 しかし最近になってどうも、経験を積み 「優秀」 になるにつれ、自分より劣る人をからかう、あるいは、馬鹿にする人が少なからずいる、ということに気付きました。 経験を積むにつれて、より他人に厳しくなる人もいる自分ばかりいい顔をするつもりもありません。 しかし、自信を持っていえることは、「私は自分は自分が経験を積んだ分野については、他人がそれを自分と同じように出来なくても、私はそれを非難することはない」 ということです。 具体的に言えば、私はソフトウェアのある特定の分野に強みを持っています。 他の人が私と同じように出来ないからといって、他人を馬鹿にすることは決してありません。なぜなら、私はそれを強みとしてそれを職業にしているわけであって、そもそも他の人が簡単に出来るようなことをしていると思っていないからです。 逆に他人が僕と同じように簡単にできてしまうのでは、僕の勉強不足、ということに他なりません。他の人も同じようにできてしまうのでは、僕はそれを職業にすることはできません。 英語の間違いを笑う日本人しかし、アメリカで暮らしている中で最近何度か感じたことは、英語が出来る人が、英語を出来ない人の悪口を言っては笑いのタネにしていることがある、ということです。 誰かが変な英語を話す。あるいは書く。 確かに正しくはないであろう英語です。 でも、だからといってそれを物笑いのネタにしてはいけないと思います。 アメリカに住む人にとっては、英語は生活の重要なツールであり、確かに上達することは望ましいことです。 しかし、日本に住む人は英語ができなくてもなんら問題ないわけです。たとえ英語が出来たからといって、生活の質、便利さが向上することもあまりないかもしれません。 人を馬鹿にする人には、「英語は出来てアタリマエ。出来なかったら情けない。」 という価値観があるのかもしれませんが、それは誰にでも当てはまるようなことではないでしょう。 自分の価値観を他人にも押し付けて、他人を非難、あるいは物笑いにする、ということはしてはいけません。 そもそもエラそうに人を物笑いにしている人も、英語のネイティブからみたら所詮タドタドしい英語を話しているのです。 勝手に自分を合格ラインにおいて相手を馬鹿にする態度こそ、自分の欠点と心得てそれを直すよう努力するべきです。 私たちは誰でも完璧ではありません。 その意味で、少々そうしたあやまちを犯すのも仕方ないことです。 しかし、ちょっとした心がけで人を馬鹿にせずにいられるなら、気をつけるべきと思います。 |
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