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物事を正しく理解するためには、いろんな面からものを見ないとダメ

時々、「なんで、こんな大変な思いをしてまでアメリカに住んでいるんだろう」 と思うときがあります。

別に後悔しているわけでもなく、単に 「もっと楽な生き方ってあるんじゃないだろうか」 と思うことがあるだけなんですけど。

結局のところ、変化を楽しむ、というか、真理を探究するとか、そういうことなんじゃないか、と思うのですが・・・それについては続きをお読みくださいませ。

なんだかんだいっても、アメリカで暮らすのは日本に住んでいる時と比べて、大変だと思います。そもそも、アメリカ人じゃないですから、アメリカに滞在するための権利を維持するだけでも大変です。

具体的にいえば、僕の場合は会社がスポンサーになっているので、同じところで勤めないといけないわけです。幸い今の会社ではある程度好きなことをさせてもらえるので、このまま勤め続けられたら良いと思っていますが・・・。

今となっては、あちこちに生活の場を変えている僕ですが、学生の頃はそういうタイプではありませんでした。

学生の頃は、留学する人を見ても、「なんで日本のことを十分にわかっているわけでもないのに、わざわざ外に出るんだろう」 と思う程度でした。

「すぐ目の前にあることすらわかっていないんだから、外に出たってそんなに得られるものは無いだろう。だから、日本で学べばいいじゃないか」 と思っていました。

でも、一度アメリカに来てみて、そういう考えは間違いだったということに気付きました。

物事を正しく理解するためには、いろんな面からものを見ないとダメなんです。

例えば、下の図の左側だけを見せられて、「これはなんでしょうか?」 「これは大きいでしょうか、小さいでしょうか」 とか考えても、それだけみていても正しい答えは出せないんです。

上の四角二つの図は、横からみれば 「あ、車だったんだ」 とわかるかもしれないし、三角形も比較の対象があれば、「あ、小さいな」 とわかるでしょう。これが何か、大きいか小さいか、と考えるにはいろいろな面からそれを見たり、他と比較して初めて答えが出せるものです。

こうした単純なクイズなら、「そんなの当たり前だ」 と思うかもしれません。

しかし、生活のこととなると意外とそう当たり前にはいかないものです。なぜなら、たいていの人は 「過去の自分」 と比較して、物事を考えてしまうからです。

上のクイズのような図形の問題ならば、「いろんな側面から見ないとわからない」 「比較対象がないと判断できない」 とわかります。しかし、「今の生活は良いか」 と聞かれたら、多くの人は過去の自分と比べて 「まぁまぁ良い」 とか 「少し悪い」 とか考えてしまいがちです。

僕にはこれが間違いだと思われるのです。

それはなぜか。少し極端な例を考えてみるとわかりやすいです。

例えば、とある発展途上国の 「ニコニコ国」 の 「ポカポカ村」 に生まれ育った A さんがいたとします。A さんは今もポカポカ村在住とします。 A さんを、いわゆる原住民的な人をイメージするとよりわかりやすいかもしれません。

その A さんに生活に関する質問をします。

A さんに 「今の生活はどうですか?」 と聞けば、それなりに食べて行けていたら 「まぁまぁいい」  という返事が返ってくるかもしれません。

A さんに 「病気になったらどうするか」 と聞けば、 「かどの、マルバツ医院はいい医者だからそこに行くんだ」 という返事があるかもしれません。

A さんに 「どんな食べ物が好きか」 と聞けば、「地元の名物料理 “ムシャムシャ” が一番おいしい」 という返事があるかもしれません。

人それぞれですから、それぞれの幸せがあっていいと思います。だから、「幸せかどうか」 という話なら何も異論はありません。どこに、どういう形で住んでいても 「幸せだ」 と思えるような考えで暮らすのが良いと思います。

でも、 A さんの生活を見ても、率直に言えば僕には良い生活だとは思えないでしょう。たいていの日本人はそうなのではないでしょうか。内心、(そんなところに暮らしていても満足してるんだ~。日本に来たらきっと驚くぞ) と思うのではないでしょうか。

医療に関して言えば明らかに優劣はあって、僕なら 「そのマルバツ医院よりも近所の Torrance Memorial Medical Center の方が断然優れているはずだ」 と考えるでしょう。例えば自分が重い病気になったとしたら、マルバツ医院で治療を受けるのは嫌です。

料理にしても、 “ムシャムシャ” もいいかもしれないけど、もっといいのもあるんじゃないか、と思ってしまいます。

結局のところ、A さんが自分の生活を良い悪いという判断は、A さんの無知加減、世の中を知らない程度に依存しているのです。A さんはせいぜい、「今年は景気が良いから、いい暮らしだ」 とか、その程度で良し悪しを語っていると思うのです。

こういう場合自分の生活について、過去の自分基準で、良し悪しを判断しているのです。

A さんがどんなに 「ここは良いところだ」 といっても、それを聞くこちらは内心 「でもこっちの方が良いよ (こっちの生活を知らないだけじゃないか)」 と思うのです。先進国の人が、良い生活を求めてポカポカ村に引っ越すことはほとんどありえない話でしょう。

たいていは世の中の文明の発展の程度には自分の生活も便利になっていきますから、どこにいてもまぁまぁ満足できる生活ができていると感じられます。小さい頃はパソコンや携帯電話など無かったのに、今はインターネットも iPhone があって便利。 だから生活は良くなった、というような生活の向上です。

僕はそういう風に考え、同じ場所にいる人の判断は間違いやすいのではないか、と思うに至ったのです。同じところにいても、その場所のことすら、意外と分かるようにならない。外に出て初めて、時系列という視点以外でものを見られるようになるということです。上の例の A さんは、他の地区の医療を受けてはじめて、「マルバツ医院は必ずしもいい病院ではないかもしれない。遅れているかもしれない」 と気付けるのです。いろんな視点を持ってはじめて、物事を正しく判断できる心の目が養われるのではないかと思うのです。

留学するという人に対して、「日本も知らないのに外を見ても仕方がない」 と考えた昔の僕は、結局 A さんの発想だったんです。無知で視野が狭くて、良し悪しを判断する視点が限定的だったのです。物事を多くの視点から見られなかったのです。

思わず長々と書いてしまいましたが、そう考えると、いまこうして少々の苦労を受け入れているのも、納得できるのでした。

September 25, 2010
2:25 pm

だど 管理人:だど
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